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wandering darkness
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2004/04/21 (水)



美術部は人数が少ない。

一年生の女子は私の他に三人。

浦川千鶴。
斉藤未来。
深谷由紀子。

深谷由紀子は同じクラスだった。

色が白くて髪が長い。
おとなしい感じのする子だ。

無口かなぁ、と思って居たら、絵の話になると止まらない。
「いのまたむつみが小さい頃から好き」
将来はイラストレーターになりたいらしい。

深谷も佐伯と友達になる様な気がした。
自分を持って居るからだ。

私は、やっぱり自分を持って居ない、と思う。

やりたい事も無い。

どこか無気力な部分を持って居る、とは思うが。

顧問の先生が男子を一人、連れて来た。
「今日のモデルは、こいつです」

よく見ると『一美君』だった。
煙草を吸って居る所を、見付かったと言う。

私も、校内で何度か吸って居るから、運の無い奴、と思った。

一美君は椅子に座って、モデルを始めた。
結構、絵になる。

こうして見ると「かっこいい」のだ。
彼には申し訳無い事を、考えてしまった。

一美君が、こっちを見て笑った。

ドキっとした。
私は「モデルは動かないでよ」と言った。

男子は苦手だ。

小さい頃は、男の子と遊んだりしてたらしい。

男の子の友達の方が多かった、と聞いて居る。
中学時代の途中から、苦手になった。

この事を考えると頭痛がするから、思い出すのを止めた。

鉛筆を走らせて居ると、やっぱり絵を描くのが好きだ、と思った。
将来、絵を描く仕事がしたい。

深谷の様に、具体的にイラストレーターなどと決まって居ない。

それでも、そう思った。

その夜、彼に電話した。

やりたい事が見付かった、と。

彼は「良かったじゃん」と言った。

やっぱりな。
いつか、そう言うと思ってたんだよな。
ひかるって、絵を描いてる時は、真剣な顔をするんだ。
自分で気が付いてたか?
話し掛けられない位、眼が変わる時がある。
あれが本当の「ひかる」だと思ってる。
基本人格とか関係無い。
「ひかる」は「ひかる」だよ。

私は電話を切ってから考えて居た。

私は「私」




2004/04/20 (火)
自分を持つ事


佐伯は、長谷川が好きになった。

佐伯は「私は、どんな形でも、自分を持ってる奴が好きなんだ」と笑った。
「だから、ひかるも好きなんだ」

私は、自分を持って居るんだろうか?
持ってなんか居ない、と思った。

私は二人に、そう言った。

自信も無い。
強くも無い。
他人に流される。

長谷川が「他人に流されて居る様には見えないわよ」と言った。
私は、首を横に振って「流されてばっかりだよ」と溜息を吐いた。
佐伯が「流されてる?どこが?」と訊いた。

私が「すぐ流されるんだってば」と、ちょっと怒って見せた。
佐伯が「どっちかって言うと頑固だぞ」と言った。

長谷川は「ひかる程、自分を主義で縛ってる人も珍しいわよ」と笑った。

確かに私は「主義」が多い。

佐伯と長谷川も「主義」を持って行動して居るけれど、私は違う。
私の主義は、全て病気から来て居る、と言って良い。

もっと言えば、虐待から来て居る。

いろんな意味で抵抗力の無かった私に、暴力を加えた祖母、母、姉。
他人が知って居る「私の記憶に無い過去」

私の沢山の主義の根は同じだ。
「相手の立場で考える」

殴られたら痛い。
言葉を選ばないと、心を傷付ける。
自分の責任は、自分にしか取れない。

けれど「相手の立場で考える」と言うのは、良い事では無いと解った。

それは「私なら」と言う答えしか出ないからだ。
けれど「その人なら」は無理だ。

私は「私」で「その人」にはなれない。




ふと、河野真由美の事を思い出した。

自分を持ってる奴。
佐伯には、河野真由美は「自分を持って居ない奴」に見えたのか?

そうかも知れない。

だったら、友達になるのは無理。




2004/04/19 (月)
長谷川綾香


同じ中学出身と、友達は無関係。

自分の主義だったじゃないか。

多分、私が友達に恵まれなかったから。
別の理由で、友達に恵まれなかった二人が、気になったんだ、と思った。



英語の授業中に入れ替わってしまった。
頭痛がした。
鎮痛剤を噛み砕いて飲み込んだ。

ノートは取ってあった。

後の席の女の子が話し掛けて来た。
「精神科に通院してるの?」

私は驚いて、振り返った。
ネームプレートを見た。

長谷川綾香。

華やかな、大人っぽい感じの子だった。

私は「どうして解ったの?」と訊いた。
長谷川は「母が総合病院の看護婦だから、ちょっと解るの」と答えた。

精神科の患者さんは、薬を噛み砕いて飲む習慣を持つ人が多いから。

一美君が「精神病?マジで?そんなふうに見えないけどな」と言った。
長谷川は「通院の患者さんは、見えない人が殆どよ」と答えた。

私は長谷川が気になった。

様子を見て居ると、誰とも接触しない。
昼食は独り。
休憩時間は読書。

最初は、私と同じ主義なのか?と思った。
友達の方から、選んで貰う主義。

違う様だ。

放課後、私は長谷川と話してみたくなって、追いかけた。
想像通り、長谷川は独りで帰って居た。

私は、呼び止めた。
「長谷川さん」

長谷川は驚いた様子も無く、振り返った。

しばらく雑談した後、言った。
「友達になってよ」
長谷川は微笑んで「いいわよ」と言った。

私は、友達に選んで貰う主義なのか、と訊いた。

長谷川は涼しい顔をして、答えた。
「学校は勉強する所でしょう?必要が無いもの」

なんと、小学校も中学校も、その姿勢だったと言う。

面白い人だ。




2004/04/18 (日)
眼に映る姿


今日も彼の部屋へ遊びに行った。
佐伯と河野の事を、彼に相談してみた。

彼は「佐伯さんって子は、良い奴だなぁ」と感心した様に言った。

だってよ。
教師にチクったのがバレたら、次の生贄は自分だぜ?
それも河野って子の親にまで知らせてるんだろ?
そんな事、友達でも無い奴のために、なかなか出来ないぜ?

私は「そうだね」と言った。

私が佐伯の立場だったら。
先生に言えるだろうか。
バレたら。
次は自分の番かも。
怖い。
けれど終わった事。

私は「仲良くなれる方法を、相談してるんだってば」と言った。

彼は「男同士だったら無理だな」と言って、ベッドに座った。

少なくとも、河野って子は知ってるはずだ。
佐伯って子が、家に電話して来て居るんだからな。
そこで親に否定してるんだよな。
つまり、佐伯って子の気持ちを無にした訳だ。
佐伯って子は、リスクを覚悟で行動してるんだぞ?
河野って子に呆れるよな。
今更、友達になれると思えねぇけどな。

彼は「河野って子が、終わった事と思えるかなぁ」と言った。

私は、思えないかも知れないと思った。

皆が知ってる「私の記憶に無い記憶」から逃げた。
同じ中学の子が、誰も行かない高校を選んだ。

私は、そんな奴だ。

私の眼に映る二人の姿。

佐伯操の眼に映る河野真由美の姿。
河野真由美の眼に映る佐伯操の姿。

きっと、全く違うんだ。

彼は「ひかるは佐伯とは友達なんだよな」と言った。
「でも、河野って子の事は、殆ど知らないんだよな?」

私は頷いた。

彼は「そこが解らないんだよな」と言った。

どうして仲良くなって欲しいのか。
解らない。

私は、どうして?




2004/04/17 (土)
『紫苑』


今日は診察日だった。

主治医と話をして居る時、記憶が飛んだ。
「ひかるさん」
主治医に呼ばれて意識が戻った時、酷い頭痛がした。

主治医は「人格を確認しました」と言った。

名前は『紫苑』。
性別は男子。
年齢は13歳。
気が強くて無口。

「ここまでしか解りません」
けれど、憎しみの感情が強い部分が危険だ、と感じたそうだ。

この子も私なのか。

違う。
私も本当の自分では無い。
私も無意識に作られた人格の一人。
作られた。

主治医が「また菫さんの様な顔をして居ますよ」と微笑んだ。

私は主治医に「話の続きですけど」と言った。

主治医は「佐伯さんと河野さんの事ですか?」と訊いた。
私は「はい」と答えた。

どうしたら二人を仲良く出来るか。

主治医は「心理的に考えると」と話し始めた。

佐伯は河野に元々、悪意は無い。
好意とは言えないが、善意を持って居る。
精一杯の事をした、と客観的に見ても思える。

佐伯は、友達が居ない孤独を知って居る。
が、河野と佐伯の孤独は異質だ。

佐伯は、優秀と見られて理解が得られなかった。
河野は、劣悪と見られて理解が得られなかった。

互いの理解は難しい。

河野が歪んでしまって居るか如何か。
これが鍵。

私は、其々の立場に立って考えてみた。

解らなかった。




2004/04/16 (金)
河野真由美


佐伯と喋りながら、廊下に出ようとした。

私は女の子とぶつかってしまった。
その子は、私の肩より背が低かったので、気が附かなかった。

佐伯は172cmだから、そういう事は多いと思うけれど。
私は151cmだから、こんな経験は初めてだった。

その子は転んでしまった。

私の体重は42kgなので、転ぶのは必ず私の方だった。

私は慌てて「ごめん」と言った。
その子が立ち上がる事に苦労して居た。

私は、何かの病気だ、と解った。
私と佐伯で、立ち上がるのを手伝った。

その子は佐伯の顔を見て、不思議そうな顔をした。
私は「どうしたの?」と訊いた。
その子は「私が気持ち悪く無いの?」と言い出した。

私は「全然」と答えた。

佐伯は「そんなふうに思った事は、一度も無かったよ」と答えた。

前から知って居る様な言い方。

私は佐伯に「知り合い?」と訊いた。

佐伯は「河野真由美。中学三年間、同じクラスだったんだ」と。

続けて河野に、こう言った。

殴られたら、殴り返せば良かったんだ。
教科書に落書きされたら、弁償させれば良かったんだ。
金を取られたら、警察に行けば良かったんだ。
脱げと言われたら、断れば良かったんだ。
先生が役立たずだったら、親に言えば良かったんだ。

河野は苛めに遭って居た。

河野は「佐伯さんは見てたじゃないの」と涙を見せた。

佐伯は「先生にチクってたよ。毎日」と答えた。
「先生は動かないから、河野の家にも電話したよ」

河野は驚いて居た。

「でも河野は否定したんだろ?河野の親父さんが言ってた」

教室全体が集団心理になって居る時。

友達の居ない佐伯には、それが精一杯だった。



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