とても貧しくて、11歳で奉公に出される事になりました。
すでに、姉が13歳の時に奉公に出ていて、時々「御土産」を持って帰って来て、楽しそうに笑っていました。
姉は奉公している家から、お嫁に行って幸せになったので、むしろ喜んでいました。
けれど不思議に思う事が起こり始めました。
代金の「米俵」が姉の時よりも多く、小判まであったんです。
自分が姉より価値があるとは思えませんでした。
船に乗せられた人は、私と同じくらいか、当時の感覚で、大人と呼べるのは15歳の人くらいでした。
船の中で、名前を「よね」から「菊市郎」に変えられました。
通行手形を見せた船乗りと役人との会話を聞いていると、船に乗っているのは全て男性だと言っていました。
吉原に着いても、どういう事が自分の身に起こっているのか、判っていませんでした。
最初は現代で言う「家事手伝い」のような事をしていました。
仕事はしなくても良いのかな、というような事を考えていました。
14歳の頃、客を取るように言われました。
意味も判らないまま、ただ痛かったのを覚えています。
これが新しい仕事なのだ、と言われて怖くて逃げようとしました。
すぐ捕まってしまって、縄で縛られて、閉じ込められました。
空腹に耐えられなくなった時、おにぎりをもらいました。
とても美味しく感じられました。
新しい仕事をすれば好きなものが食べられるけれど、しないなら飢えて死ぬ、と言われました。
私は新しい仕事をすると答えました。
15歳の時、妊娠してしまいました。
すると、お腹を散々蹴られて、赤ちゃんは死にました。
この事は、当時の私には意味が判らなくて、他の遊女に「普通の事」と言われて納得しました。
その後も新しい仕事を続けようとしましたが、痛くてできなかったんです。
困っていると、新しい仕事だと言われて、綺麗な着物を着せてもらいました。
着いた家は、武家の家でした、
そこで私が「酒の肴」として、余興で嬲殺しになりました。